演奏中に弦が切れる――これはすべての弦楽器奏者にとって突然のアクシデントですが、プロの演奏家はどう対応するのでしょうか?
今回は、世界的ヴァイオリニスト Ray Chen(レイ・チェン)の動画を解説します。
ヴァイオリンを弾いている方、またオーケストラで弾いている方、万が一の対応を学ぶのに良い教材です。
ソリストの弦が切れる!
ヴァイオリンを弾く人なら、一度は弦が切れた経験があるのではないでしょうか?
「本番中に切れたらどうするんだっけ?」と不安になったことがある人も多いと思います。しかもそれが数千万、数億するソリストのヴァイオリンだったら?
実際の様子をRay Chen公式YouTubeチャンネルで公開された動画で確認してみましょう。
ハプニングの瞬間はこちら
「Welp. It happened again folks. Not really sure what I’ve done to anger the string-gods but this was a spectacularly awkward yet exciting moment to break an E-string!」
「やれやれ。またやってしまいました、皆さん。弦の神々を怒らせるようなことを自分がしたのかはわかりませんが、今回のE線断裂は、ものすごく気まずくて、でもちょっとワクワクする瞬間でした!」
(Ray Chen公式YouTubeチャンネルより引用)
解説
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チャイコフスキー《ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35》第1楽章、173小節目から動画がスタート。
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・179小節目4拍目の頭の和音を弾いた直後、Ray ChenのE線が切れる。
・明らかに大きな音で弦が切れたため、団員の一部が反応。
➢「何が起きた?」「誰の弦が切れたの?」という様子。
・演奏を止める奏者もいる中、コンサートマスターは動揺を見せず、状況を把握しながら演奏を継続。
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・Ray Chen、指揮者にアイコンタクトで状況を伝える。
➢フレーズの途中で演奏を止めないように、切れたE線部分の音符をA線で補おうとしています。
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・Ray Chen、コンサートマスター(画面左、メガネの男性)とアイコンタクトを取り、楽器を交換。
・すぐに借りた楽器でソロを再開。
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・コンサートマスターは横に座るトップサイドの奏者(黒髪の男性)と楽器を交換し、演奏に復帰。
➢コンサートマスターはオーケストラを率いる立場なので、早急に演奏に戻る必要があります。
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・トップサイドの奏者が、Ray Chenの楽器の状態を確認。
➢弦が「緩んだ」だけならペグを巻くだけですが、「切れた」場合は弦の張り替えが必要になります。
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・トップサイドが2プルト裏の奏者と楽器を交換する。
➢映像から、おそらくアジャスター側(テールピース側)のフック部分が切れたのだと思います。
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・Ray Chen、ソロの長い休符中に状況を確認し、胸ポケットから予備のE線を取り出し、切れた弦を取り外している2プルト裏の奏者(黒髪の女性)に渡す。
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・2プルト裏の奏者がその場で張り替え作業を開始。
➢「バイオリンリレー」は欧米のオーケストラでは見られず、弦が切れた際も舞台上でそのまま対処するのが一般的です。(バイオリンリレーについてはこちらの記事で解説中)
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・Ray Chen、借りた楽器をチェックしながら観客やオーケストラに向けてユーモラスなジェスチャー。
➢「うん、問題ないね」「E線があるって素晴らしい!」でしょうか?
・指揮者も1stヴァイオリン側に指示を出しつつ、状況経過を確認。
➢こんな時、指揮者はソリストの動きを感じつつ、全体のテンポや流れをコントロールしなければいけません。
➢Ray Chenが指揮台より前に出ているため、指揮者はソリストが出す空気感や息遣い、団員や観客の反応に神経を尖らせて振っていると思います。
1:22
・2プルト裏の奏者が交換作業を継続中。
➢世界的ヴァイオリニストの楽器を扱うプレッシャーと高揚感があったでしょう、
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・Ray Chen、再びソロの休符を活用し、観客へパフォーマンス。
➢「借りた楽器、なかなかいい音するね!」でしょうか?
➢他人の楽器を弾くのは非常に難しいです。しかも唐突に。顎当ての高さ、指板の厚み、駒の角度、弓との相性、音色など、多くの違いに即座に適応しなければなりません。
1楽章の終盤(動画外)
・弦が張り替えられたRay Chenの楽器は、トップサイド から コンサートマスターを経て、Ray Chenの元へ戻される。

わずか2分の動画に見どころいっぱい!
The Music Must Go On
アクシデントが起こった時、基本的に指揮者は演奏を止めません。
今回の動画でも、ソリストの楽器故障という一大事に際して、ソリストもオーケストラも抜群の連携力で音楽の流れを止めませんでした。
「弦が切れる」アクシデントにはさほど珍しいことではなく、ソリストも団員も対応マニュアルが共有されています。
しかし、そのアクシデント自体を“どうするか”は、ソリストによって違います。
多くのソリストが、何事もなかったように冷静に演奏を続ける中、Ray Chenのユーモアたっぷりの対応には、彼らしい魅力が詰まっています。
ハプニングも“魅せ場”に!Ray Chenの魅力
特に心に残ったのは、お客さんとのやりとりです。
Ray Chenのことをよく知っている観客は、その場で起きた“ちょっとしたアドリブ”にも、笑いや拍手で応えていました。
ふつうは楽章と楽章の間で拍手はしませんが、団員の素晴らしい対応力と、Ray Chenのユーモアやサービス精神を見た後では、納得してしまう行動です。

Ray Chenと観客の間に、親しみや愛があるね
まとめ
予期せぬトラブルを、逆に“見せ場”にしてしまう。
会場全体をあたたかく、和やかな雰囲気に包み込んでしまうRay Chenの対応力――彼のファンじゃなくても、ヴァイオリンをやってなくても、この動画からはいろんな学びが得られるはずです。